井出台水

井出台水(いで だいすい)

井出台水 自由律俳句
本名・井出治
別号・彭洋
1865年(慶応元年)4月5日 – 1950年(昭和25年)8月1日

軍人であり、自由律俳人であるという異色の経歴の俳人である。
父親の影響で定型俳句は少年の頃から作っていた。
日露戦争の時、軍人の仲間たちと「拍車会」という句会を作り、それ以後、荻原井泉水河東碧梧桐などに指導されることになる。
碧梧桐の門下となったことから、その後、「海紅」、「碧」、「三昧」、「紀元」など碧梧桐の歩んだ道を共に進む。
「三昧」は風間直得が代表をしていた海紅系の「東京俳三昧」と碧梧桐の個人誌「碧」が合流してできたものであり、ここで風間はルビ俳句を提唱した。
碧梧桐もこのルビ俳句に賛同し、ルビ俳句を作ったが、同様に台水もルビ俳句を詠んでいる。
碧梧桐が俳界から引退したあともルビ俳句再建を目指していたという。
1921年、台水は満州の第3方面軍司令官となるが、その赴任地で「アカシア会」という自由律俳句の結社を作り、大陸に自由律俳句の足跡を残した。
句集に「第一線」「台水口調」がある。

代表句

・蝋梅の香の壁に風たじろぎぬ

略歴

岡山県赤磐郡熊山町(現在の岡山県赤磐市)にて出生。
陸軍経理学校を出た後、第9師団経理部長、陸軍省経理局建設課長、陸軍主計監、近衛師団経理部長、朝鮮駐剳軍経理部長など陸軍の経理畑を歩み、陸軍主計総監になった。
階級としては中将にまで至った。